MSD社からの「警告文書」の公表を求める意見書を田村厚労大臣に提出しました

 2021年9月3日、HPVワクチン薬害訴訟全国原告団・弁護団は、田村憲久厚生労働大臣に対する意見書を提出しました。

 

 田村厚労大臣らに対しては、同年8月30日に自民党の議員連盟が、HPVワクチンの接種勧奨再開を要望する文書を提出しています。

 またMSD社は、同年8月31日の田村厚生労働大臣の閣議後会見の内容に対し、同年9月1日付けステートメントにおいて、厚労省と緊密に協力して本年10月の再開に向けた準備を進めてきたと述べています。

 そしてMSD社は、ワクチンを大量廃棄することになれば、今後の供給に悪影響を及ぼす可能性があるとする「警告文書」を厚生労働省に渡していたと報じられています。

 

 しかし、厚労省の審議会では、本年10月に勧奨を再開するというような議論は全く行われていません。そうであるのに、国が水面下で本年10月再開の準備をMSDに求めていたのであれば、極めて不適切です。

 

 そこで、全国原告団・弁護団は、今回の意見書によって、MSD社が厚生労働省に交付したとされる「警告文書」を公表し、MSD社と国との「緊密な協力」についての事実関係を明らかにするよう、田村厚労大臣に求めました。

 

 公衆衛生政策の政策形成過程には透明性が不可欠です。外資系メーカーからの不透明な働きかけが報じられる中、その圧力に屈する形でHPVワクチンの接種勧奨が再開されるようなことがあってはなりません。

 引き続きご支援下さい。

 

 


 

2021年9月3日

 

厚生労働大臣 田村 憲久 殿

 

意 見 書

 

 

 

HPVワクチン薬害訴訟全国原告団

 

代表  酒井 七海

 

HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団

 

共同代表  水口真寿美

 

   山西 美明

 

<連絡先> 東京都千代田区二番町12番地13 セブネスビル3階

 

樫の木総合法律事務所内   電話03(6268)9550

 

https://www.hpv-yakugai.net/

 

 

 

<意見の趣旨>

 

 

1 HPVワクチンの積極的勧奨は再開すべきではない。

 

2 MSD株式会社が厚生労働省に提出したとされる、HPVワクチンを大量廃棄するようなことがあれば、今後のワクチン供給にも悪影響を及ぼす可能性がある旨を警告した文書(正式なものであるか否かを問わない)を公表すると共に、その入手の過程を明らかにすべきである。

 

3 厚生労働省が、HPVワクチンの積極的勧奨の再開に向けてMSD株式会社と緊密に協力してきた事実の有無、及び事実であればその協力の内容を明らかにすべきである。

 

 

 

<意見の理由>

 

 

1 積極的勧奨は再開すべきではない

 

 

本年8月30日、自民党「HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟」が「HPVワクチンの積極的勧奨の速やかな再開に関する要望」[1](以下、「議連要望書」)を内閣総理大臣、内閣官房長官及び厚生労働大臣に対して提出し、厚労省は、HPVワクチンの積極的勧奨の再開に向けた検討を開始する方針であるとの報道がなされています。

 

 

しかし、現在も続く副反応被害の重大さと、HPVワクチンの有効性・安全性に照らせば、積極的勧奨を再開すべきではありません。

 

 

(1) 積極的勧奨の中止の理由となったHPVワクチンの副反応は、頭痛、全身の疼痛、感覚障害(光過敏、音過敏、嗅覚障害)、激しい生理痛、脱力、筋力低下、不随意運動、歩行障害、重度の倦怠感、集中力低下、学習障害、記憶障害、発熱、月経異常、過呼吸、睡眠障害など、全身に及ぶ多様な症状が一人の患者に重層的にあらわれるという非常に重篤なものです(別紙1)。

 

 

HPVワクチンの副反応の重篤性や高い危険性は、副作用被害救済の認定頻度からも明らかです。後記のようにHPVワクチンの被害救済はきわめて不十分ですが、それでも、障害(日常生活が著しく制限される程度の障害)の認定頻度は、主な定期接種ワクチンと比べて20倍以上と著しく高くなっています(別紙2)。

 

 

(2) 副反応の治療法は確立しておらず、被害者は現在も重い症状に苦しんでいます。HPVワクチンの副反応に対して専門的な治療を行っている医療機関は全国でもわずかです。そうした遠い医療機関への入通院は患者に重い負担となっており、そもそも適切な治療を受けられない被害者も少なくありません。

 

 

厚労省は、各都道府県に協力医療機関を設置したと公表していますが、協力医療機関体制は機能していません。協力医療機関での診療を受けても症状の改善は見られず、それどころか差別的な対応をされる例が後を絶たないなどの問題もあり、多くの被害者は受診を断念しています [2]

 

 

副反応に対する被害救済給付も十分になされていません。国が副反応の因果関係を明確に認めていない中で、請求しても不支給とされるケースが多くあります [3]。また、給付が認められた被害者も、その多くは一部の期間の医療費・医療手当だけであり、重篤な健康被害に対する補償としてきわめて不十分です。

 

 

副反応は、日常生活や就学に重大な影響を及ぼし、10代の早くにHPVワクチンを接種した被害者の女性たちは、進学や将来の目標の断念という深刻な被害も受けてきました。時間が経過して社会に出る年齢となった今、副反応は就労の重大な障害にもなっており、就労を含めた生活支援措置が切実に求められています。しかし、厚労省が設置させた都道府県の相談窓口はそのような支援に対応したものではありません。

 

 

(3) 一方で、日本において、子宮頸がんの年齢調整罹患率及び年齢調整死亡率は2010年代以降ほぼ横ばいであり、若年女性の子宮頸がん罹患率及び死亡率が上昇しているという疫学状況も存在しません[4]

 

 

また、HPVワクチンの有効性としては、未だに前がん病変の予防効果が証明されているに過ぎず、子宮頸がんを予防する効果は証明されていません。むしろ、HPVワクチンをワクチンプログラムに組み込んで以降、かえって子宮頸がんの罹患率が上昇した国もあります[5]

 

 

さらに、子宮頸がん予防については、死亡率や罹患率を減少させる効果が既に実証されており、副反応被害を引き起こす危険がなく、かつ費用対効果に優る検診という予防手段があります[6]

 

 

 

(4) 積極的勧奨が中止されていた8年間に、副反応症状の病態や因果関係を示す研究が積み重ねられてきました[7]。また、厚労省の審議会も、HPVワクチンの接種による痛みや恐怖が惹起する心身の反応(機能性身体症状)とする不適切な解釈のもとではありますが、一定の限度でHPVワクチン接種との因果関係を認めています。ただ、どのような人に副反応が生じやすいのか、どうすれば副反応を防ぐことができるのか、といったことは分かっていません。

 

 

こうした中で接種者数が増えれば、被害者も再び増加することは確実です。現に、積極的勧奨が差し控えられている近年にも、HPVワクチンを接種して重い副反応症状に苦しむ被害者が新たに確認されています(別紙3)。

 

 

治療法は確立しておらず、協力医療機関体制も機能せず、被害救済もきわめて不十分という現状では、新たな副反応被害者も、これまでの被害者と同じように過酷な状況に置かれることになります。そのような事態は決して許されません。

 

 

 

2 政策決定過程を説明すべき

 

 

(1) これまでの事実と報道

 

 

議連要望書は、「メーカーは本年10月を再開のデッドラインと捉えて10月に相当数の接種が可能となるように準備されてきた」とした上で、「再開の時期が10月以降に後ろにずれ込むと、せっかく準備をしたワクチンを、使用期限切れで廃棄しなければならない事態も想定されうる」ことを理由に、積極的勧奨の早期再開を求めています。

 

 

そして、MSD株式会社(以下、「MSD」)は、議連要望書提出後の本年9月1日付で公表したステートメント[8]の中で、「MSDとしては厚生労働省と緊密に協力し、本年10月の積極的な接種勧奨の再開に向けてあらゆる準備を進めてきました」としており、また同社は、HPVワクチンを「大量廃棄するようなことがあれば、今後のワクチン供給にも悪影響を及ぼす可能性がある」と警告する文書(以下、「MSD警告文書」)を厚生労働省に渡していたと報じられています[9]

 

 

上記報道によると、MSD警告文書について、「政府関係者の一人」は、「このままでは『貴重なワクチンを廃棄する国』として、国際的な信頼を失墜させるキャンペーンが起こってもおかしくない状況です。ワクチンや治療薬を供給するラインから日本が外れていきかねません」、「MSDは変異株への効果が期待されるコロナの経口治療薬の開発も進めており、ここで信頼を失えば、今後の日本のコロナ対策に影響が出てくる可能性もあります。『日本にはずっと裏切られ続けてきたから、世界の公衆衛生をしっかり考えることのできる国に優先して回す』と言われたら反論ができません」、「政府は一刻も早く、積極的勧奨再開という正常化に向けて動き始めてほしいと思います」と話したとされています。

 

 

さらにその後の報道[10]では、元厚生労働省医系技官であるMSDの担当執行役員は、インタビューに対し、「この文書は正式に提出した文書ではない」としつつも、MSD警告文書の存在自体は否定せず、また厚労省との『緊密な協力』について「国との信頼関係の中で対話をして、我々としては10月の再開のために準備をしてきたというところです」と述べるとともに、「10月という具体的な数字が警告の文書にもステートメントにも書かれているのは、厚労省との緊密な協力の中でその数字が出ているということで間違いないわけですね」という質問に対し「そういったコミュニケーションは協力関係の中でしております」と回答し、厚生労働省との間で本年10月の積極的勧奨再開を前提とした協議を行ってきたことを認めています。

 

 

(2) 『恫喝』に屈した政策決定は許されない

 

 

しかし、積極的勧奨の中止は厚労省の審議会の判断に基づいて決定されたものであり、その再開についても公開の審議会での審議と判断を経てなされるものです。そして、これまでに積極的勧奨の再開に向けた審議会の審議がなされたことはありません。それにもかかわらず、厚生労働省が、本年10月の再開に向けた準備を水面下でMSDに求めていたのだとすれば、きわめて不適切であり驚くべきことというほかありません。逆に、厚生労働省の関与がなかったのだとすれば、MSDが、積極的勧奨中止による低接種率が続いている状況の下で、将来の需要予測を誤り、過大な供給計画を立てていたことになるのであって、ワクチン廃棄の責任はMSDに帰すべきものです。

 

 

国民の生命と健康にかかわる重要な公衆衛生政策については、その政策形成過程の透明性が確保されるべきであり、利害関係あるメーカーの不透明な関与の下に政策決定がなされることは、許されないと考えます。厚生労働省が、水面下でMSDと本年10月の積極的勧奨再開を前提とした協議を行い、それに反する状況となったがためにMSD警告文書の提出を受け、その『恫喝』に屈して積極的勧奨再開に向けた検討の開始が決定されたのだとすれば、今後の厚生労働行政に禍根を残す誠に由々しい事態と言わざるを得ません。

 

 

(3) 厚生労働省の説明責任

 

 

厚生労働省には、積極的勧奨再開に向けた検討を開始するという決定に至った過程について、国民、特にこれから接種対象となる女性とその保護者に対する、説明責任があると考えます。

 

厚生労働省は、MSD警告文書を公表してください。

 

 

また、厚生労働省が、HPVワクチンの積極的勧奨の再開に向けてMSD株式会社と緊密に協力してきた事実の有無、及び事実であればその協力の内容を明らかにしてください。

 

 

なお、MSD警告文書については、前述のとおり、MSD担当執行役員は正式に提出したものではないとしていますが、正式かどうかのMSD側の認識にかかわらず、厚労省の判断に影響を与えた可能性はありますから、正式か否かを問わず公表されるべきです。加えて、MSDの関与の程度や、正式に提出したものではないとするMSDの見解の当否を判断するため、厚生労働省がMSD文書を入手した過程についても明らかにされるべきと考えます。

 

 

以 上

 

 

 



[1] 2021830日 HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟「HPVワクチンの積極的勧奨の速やかな再開に関する要望」

https://44827ace-5ff4-4fe0-99e9-a89f34499ac7.usrfiles.com/ugd/44827a_5afaa56baa7542a5979526943c390358.pdf

 

[2] 2020年に全国の原告に対して行った調査では、回答を得た128人中、過去に一度でも協力医療機関を受診したことがある原告は111人だったが、20191年間のうちに一度でも協力医療機関を受診したことがある原告は23人に過ぎなかった。それも、HPVワクチンの副反応に対して専門的な治療を行っているごく一部の協力医療機関に集中していた。

 

[3] 長南謙一ら「医薬品副作用被害救済制度におけるHPVワクチンの副作用給付状況について」(医薬品情報学2211-6頁・2020年)では、請求に対する支給率は、医薬品全体では83.8%であるのに対し、HPVワクチンの場合は44.5%に留まっていることが指摘されている。

また、全国の原告への調査でも、障害年金ないし障害児養育年金の請求に対して決定が出された39人中、半数以上の20人は不支給決定であった。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/22/1/22_1/_article/-char/ja/

 

[4] 2021824日 HPVワクチン薬害訴訟全国原告団・弁護団「HPVワクチンに関する真のファクト」p69

https://www.hpv-yakugai.net/app/download/8090710554/silgard9-fact.pdf

 

[5] 同上p1326

[6] 同上p1013

[7] 同上p2831

 

[8] 202191日 MSD株式会社「2021831日厚生労働大臣記者会見 HPVワクチンの積極的な接種勧奨再開に関する厚生労働大臣の発言について MSD 株式会社のステートメント」

https://www.msd.co.jp/static/pdf/announcement_20210901.pdf

※2021/11/07追記 上記資料のURLが変更されましたので下記URLからご覧下さい。

 https://www.msd.co.jp/wp-content/uploads/sites/13/2021/09/announcement_20210901-1.pdf

 

[9] 2021828BuzzFeed News「製薬会社が厚労省に警告『HPVワクチン廃棄なら国際的に批判』」

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hpvv-msd

 

[10] 202192BuzzFeed News3時間に1人が子宮頸がんで亡くなる現状で『事実上の先送りは遺憾』MSD幹部が語るHPVワクチンを届けたい女性への思い」

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hpvv-msd-tachibana

 

 





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田村厚生労働大臣宛て意見書
210903 tamura.pdf
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